白黒はっきりさせることは必要なのか?

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物事の判断基準として、白か黒かはっきりさせたい気持ちもある。まあ、それはそれで良いのかもしれないけど、しかし、本来私は、あまり白か黒かはっきりさせることは好きではない。

例えば、政治において、この人は、保守の人だからとか、この人は、リベラルの人だからとか、ある程度わけられるのけど、今回の東京都議会議員選挙で、「都民ファースト対自民」という構図が描かれていたが、その選挙結果は、白黒はっきりさせるようなものでない気がする。と言うのは、都民ファースト自体の政策は、まだはっきり見えないこともあるが、国政のように保守対リベラルという構図ではないからだ。確かに勝敗においては白黒はっきりついたのだが、都政において大きく舵を切るほどの変化はないだろう。

また、人を判断する場合、この人は、こんな人だと決めつけてはいないだろうか?それは、その人の一部分のみを見て判断し、ラベルを貼ってしまうことだ。特にニュースで話題になった人たちを、偏向報道といってもいいくらい一方的にその一部分だけを報道し、まるで悪の権化のように扱われることだ。確かに、法を犯したものは、善か悪かと言われれば悪である。それは間違いない。しかし、そのニュース自体が真実でない可能性もある。

そして、「あの人は、◯◯◯の人だから」とか言って、その人を自分の知っている知識の中に当てはめてそのようなラベルを貼ったりしてしまわないか?判断基準においては、全てがそのカテゴリーに当てはまることはない。

要は、白黒、右左、善悪と、はっきりしていそうで、白黒ならグレーな部分もあるということを、つい忘れがちになる。曖昧な部分も大いに存在し、それを否定することなく、受け入れる気持ちも大切に思うこの頃である。

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