人の死というもの…

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今日二つの訃報のメールが届いた。一人は、大学時代のお世話になった先輩の訃報。すでに数日前に他の友人からは、連絡いただいていたのだが、その先輩の「偲ぶ会」を開くという連絡。あらためてその訃報のメールをもらって、その先輩の顔が当時のままで何度も思い浮かぶ。それから、数分もしないうちにまたある友人から、訃報の電話とメール。「え??うそ??」こちらもショックを隠せない。その二つ目の訃報は便利屋創業時代、ともに朝早くチラシを配った仲間だ!そう、一緒に苦労して来た仲間の他界は、私自身、親しかった人の死というものからしばらく遠ざかっていたので、先輩の件といい、なおさら現実とは思いたくない気持ちにさせられる。

それで、今先ほど、便利屋創業時代の他界した彼の自宅を訪問してきた。やせ細った顔は、当時の面影をすでに残していなかった。すい臓がんだったらしい。いつの間にか私も年を積み重ねてきたのか(まだ40代)?いつくるかわからない人間の死。死というものも今一度見つめなおすこととなった今日…。人生とは何か?とっても内面的に考えさせられた一日となってしまった。しかし私は思う。あの世という世界があってもらいたい。いやきっとあるはずだ!元気だったころの顔で、なんとなく天国から微笑みかけてくれているような感じがして仕方がない一日であった。

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コメント

  1. けんちゃん より:

    ツレの死ほど、死について生について考えさせられる場面は無いですね。突然死は何の準備も出来ないけど、癌などで長く患われた方の日記など公開されたものを読むにつれ想像もつかない死後の世界の存在を希望してしまいます。命の不思議、縁の不思議、限りあるから美しい。
    今日の日を大切に歩む、ただそれだけが難しい!
    病床についている父の変化で祖先との縁というものを考えさせられる今日この頃です。

  2. 私も最近友達の親父が永遠の旅に向かわれた。
    だんだん、身近な人々が向かわれる花園、小さな子ども達を見ていると少しでも長生きしたいと考えるようになった。

    もうすぐ嫁さんの母親の命日、私の夢の中に現れる母親。
    「忘れないでね」って言っているみたいでした。

  3. じゅん吉 より:

    けんちゃん、バルタンさん、コメントありがとう!
    今日斎場で最後のお別れに言ってきた。
    哀しさもあったけど、
    万歳といって、あの世に送り出してあげたいような気持にさせられた
    式だった…。